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☆満SS
海の向こうから吹いてくる朝風が心地いい。
首にかけたタオルが風に揺られる。
動きやすい服装で少し待っていると、アスファルトの道路を駆けてくる咲の姿が見えてきた。
「おはよう、咲」
「おっはよう! 満」
軽く挨拶を交わして、わたしも咲に並んで走り出す。
毎日の早朝のランニングは、咲が一週間前から始めた自主練だ。
ソフトボールの試合が近く、部活の練習量だけでは足りない、と咲は言っていた。だからといって、あまり頑張りすぎても体によくないと思うけど。
緩やかな上り坂。ガードレールの外側に見える夕凪町の景色は、とても緑が豊かで、その全てが澄んだ朝日に洗われている。ずっと眺めていたくなるぐらい素敵な風景だけど、でも、一生懸命走る咲の横顔の方が実はステキ。…なんてことは、うん、口が裂けても言えない。
一緒に走り始めてから、10分ほど経った。随分速いペースで走っているが、咲はそのペースを崩さない。しかし、呼吸が微かにだが、苦しげに乱れている。脚にも疲労がきているだろう。
頑張れ頑張れ、咲。あ、でも無理しないでね。
咲には悪いが、心の中で彼女にエールを送るわたしは、ちょっとはしゃいでいる。
走ること、体を動かすことは気持ちいい。吸血鬼ならば確実に即死する量の朝日を体いっぱいに浴びて、身体の隅々まで血を駆け巡らす。
全細胞が目を覚ます感触。細胞の一つ一つに刻まれた戦闘記憶が、もっとペースを上げろと要求してくる。それって命令?
……本当は、わたしもスピードを上げたい。もっと速く……ツバメが空を飛ぶように……獲物に襲い掛かるチーターのように。
我慢我慢、ガ・マ・ン。
一人でなら、今の5倍以上のスピードで疾走できる。本気を出せば、先日テレビで見た『スパイダーマン2』の主人公とオニゴッコすることも可能。
けど、一人でどんなに速く走ったって、そんなのはつまらない。実際、この前一人で走ってみて、すぐにつまらなくなってやめてしまった。
わたし的にはゆっくりなペースだけど……、
でも、こうやって咲と一緒に走っている方が……。
…………。
…………。
前から気になってるんだけど、この気持ちって何なんだろう?
靴裏の地面が、アスファルトから土へと変わる。ゴールである大空の樹が見えてきた。
さすがに咲もバテてきた様子。
もう少しだから頑張って、咲!
すぐ隣の咲へ手を差し伸べたくなるのを、ぐっと我慢。
勾配のきつい坂に差し掛かり、咲がわずかに失速。しかし、力強い足の運びで坂道を踏破。
よし! あとはもうゴールするだけよっ。
30メートル……20メートル……10メートル……
頑張れ頑張れと心の中で念じるように送るわたしのエールと共に、咲が大空の樹にタッチ。続いて、わたしもゴールである大空の樹に触れる。
「……おつかれさま、満」
はぁはぁと息を切らせながら、咲が笑顔を向けてきた。わたしも自然と笑みになって、「おつかれさま」と彼女をねぎらう。
咲……随分と汗かいてる……。
拭いてあげようと、自分の首にかけていたタオルへ手を伸ばしかけて思いとどまる。それは、大空の樹の脇で咲を待っていた彼女の役目だ。
「咲、満さん、おつかれさま」
その優しい声の主に、咲がわたしに見せた以上の笑顔を向ける。むっ…、やっぱり舞には敵わないか。
毎日の咲の自主練に、舞も彼女なりの方法で付き合っていた。手にしたペットボトルには、舞手作りの栄養ドリンク。順々に紙コップに注いでもらい、喉を鳴らして飲み干す。咲は早くも二杯目をおかわり中。
「休憩しましょ」
わたしが大空の樹の根元に腰掛けると、二人もそれに続いた。わたしと舞に挟まれて、咲が真ん中。
大空の樹にもたれかかり、額に軽く滲んだ汗を拭き取って、ふと気付いた。わたしのすぐ近く。暖かな、太陽の匂い。
隣で、汗だくになった顔を舞に拭いてもらっている咲へと目を向ける。……ああ、なるほどね。
ランニングの間、全身に浴び続けていた陽光が汗に溶けて、咲の体をぐっしょりと濡らしていた。
その咲の体を両手で押して、舞にくっつける。
「えっ? 満……?」
咲が、きょとんとした顔でこっちを見る。わたしは咲にではなく、舞に話しかけた。
「ねぇ、匂い嗅いでみて。……咲の体、すごく太陽の匂いがする」
わたしに言われたとおりに、舞がおずおずと咲の体へ顔を寄せ、スンスンと匂いを嗅いだ。
「……本当。咲の体、ぽかぽかしてて、太陽の匂いがする……」
舞の両腕が、咲の体をそっと抱き寄せた。舞が目を閉じて、咲の匂いをゆったりと愉しむ。
「ちょ…ちょっと舞、あたし、汗かいてるから……」
舞のほっそりとした体を押しのけることも出来ず、咲が首を巡らして、視線でわたしに助けを求めてきた。
困った表情の咲。かわいい。ふふっ、そんな顔されたらイジワルしたくなるじゃない。
「じゃあ、わたし帰るわね。薫が待ってるから」
「待って、満ぅぅぅ〜〜〜」
「二人とも、学校に遅刻しないようにね」
咲の救援要請を背中で無視して、そそくさとその場を後にする。
二人の姿が完全に見えなくなってから、咲の体を押した際に、自分の両手に付いた彼女の汗の匂いを嗅いでみた。
まるで、太陽みたいな咲の匂い。
心が弾んで弾んで、どこかに飛んでいってしまいそうだった。
咲の匂いが消えるまで、手は洗わないようにしよう。
わたしは、宝物になった両手を、太陽に向けて高くかざした。
(おわり) |
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●今週のプリ伍
第12話『うららのステージを守れ!』
とりあえずツッコミたい。
ココ、ナッツ、何故のぞみのトートバッグの中に二人して収まっているのか。
今までのパートナーの姿は、コミューンorケダモノモードだったけど、
今回の二人は、ケダモノモードor人間モードじゃん。
人間の姿で皆と一緒に応援しに行けばいいだろうに。
なんで狭いトートバッグのケダモノの姿で収まってんねん、と。
二人も入ってたら窮屈だろうが。それとも、そんなに密着したい関係なのか?
なんつーか、今までプリキュアは百合派の独占アニメだったが、
少しずつ801派にも門戸が開かれていってるってことですかねぇ。
アニメのボーダーレス化の波にゃ、天下のプリキュアも逆らえんようですな。
つーかつーか、ナッツ。
うららのマネージャーさんが持ってきてくれた安産祈願のお守り、こっそりパクってんじゃねーよ。何するつもりだ、オマエは。つか、ナニするつもりなのか、貴様は。のぞみのバッグの中で。
うららのステージ司会は可愛かった。
「ハーイ、みんなー、こ〜んに〜ちわ――っ!」
ちっちゃな体で大きなステージをぱーっと走り、腕をワキワキ動かして元気いっぱい!
うららのため、ウサギの中の人を引き受けたのぞみもまた可愛い。
「うぇ〜ん、どうしよう、りんちゃん〜」
さっそくりんに泣きついてるし(笑)
ステージ本番を前に、のぞみの緊張を解きほぐすうらら。
前々回は、ガマオの舌ランチャーに吹っ飛ばされたドリームをお姫様抱っこでキャッチしてたし、この辺もボーダーレス化してますね。
今までは、のぞみはりんの独占状態だったが、
少しずつうららが二人の関係に食い込んできてるというか、りんの優位危うし?
…と思ってたら、ギリンマの攻撃に晒されたドリームを身を呈して守るルージュ。
『ドリーム姫のナイト役』は譲れねぇ!!という心意気が熱いぜ!!
つか、ギリンマは、客席の子供へ仮面投げてコワイナー化すれば、プリキュアも手が出せなかったんじゃね?
今回は大塚隆志氏の演出回なので、マジ面白かったんですが、
それでも、予告のストローでジュースを飲むこまちさんに全て持っていかれてしまったという感が強いな。
つか、ハ、ハバネロ……???? ジュースなのか? それ。 |
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なんつーか、もうすぐ4万ヒットですね、うちの店も。
毎度足を運んでくださって、ありがとうございまし。
相変わらず、微妙な更新と、プリ伍の感想(?)ばっかりで申し訳ないです。
今やってるのは、満×薫のエロSS。
(今んところ無題ですが……)
あと先の予定ですが、『猫の段』に載せている二つの未完成SSの完全書き直し。
アカひか、なぎほの、……今度こそ書けるといいな。
なんつーか、猫塚がSSを書き上げるには、
99%の努力と1%の閃きが必要なんですが、
この『1%の閃き』つーのが、よく間違った方向に閃いてしまうみたいで……。
(つか、オレの人生そのものが間違った方向に閃いているような気がしますが…)
いや、でも頑張って何とか書き上げます。
●今週のプリ伍
第11話『のぞみとココの熱気球』
タイトル後のナイトメア内部の描写、あのグラフ対比はやめてほしかった。
なんか、こーゆーの(↓)を連想してしまった。
「プリキュアのオモチャの売り上げだよ、日向咲クン。びっくりだねぇ〜…。どう思うかね?」
右に行くにつれて、ぐんぐん伸びを示している棒グラフ表を見上げながら、
「ハイっ。右肩上がりでなかなか優秀かと。これでS☆Sの二年目も間違いなしですね」
「何を言っとる。それは『yes! プリキュア5』のグラフだよ。奴らはどんどん売り上げを伸ばしている。…キミたちのグラフはそれ!」
棒グラフ表に重なり、見事なまでの右下がりの折れ線グラフが示される。
「ありえない!」
今回のお話。
「すごいぞ! ラピュタは本当にあったんだ!」
興奮を覚えつつ、気球を妖しげな黒雲に突っ込ませるのぞみとココ。
残念ながらラピュタなんて無かったよ。代わりに蜘蛛女がいた。
のぞみはキュアドリームに変身し、
「あたしの身体をアラクネアが尻から出す糸で自由に縛り戯れようぞ」などと、
まるでラルΩグラドの闇女王のごとくヤル気満々。
一方、地上に残された残りのプリキュアたち。
本来なら、敵地における味方救出および敵対勢力の迎撃という危険任務は、上級生であるミントとアクアが担当すべきなのですが、
いかんせん、空を飛んでいくには、二人とも胸のあたりの空気抵抗が大きすぎます。
結果、胸ペッタンコのルージュとレモネードが特攻。
プリキュアが3人そろったことにより、
ナッツハウスで開発されたばかりの新兵器・激キュアバズーカが使用可能に。
「純情乙女の炎の力」「輝く乙女のはじける力」「豚の角煮」の3つの激気がひとつとなって、特大の気の砲弾を作り出し、狙い定めて発射。
コワイナーを吹っ飛ばし、アラクネアも吹っ飛ばし、なおも有り余ったパワーは地上を直撃。被害規模不明、死傷者多数。
「えーっと……ナイトメアめ、なんてことをーっ」(←ドリーム)
「出てしまった犠牲のことは仕方ありません。帰ってお茶にしましょう」(←レモネード)
「…………」(←ルージュ)
地上に帰ったのぞみたちは、こまちとかれんへ、ラピュタは存在しなかったと報告。
「現実なんて、そんなものよ」と、こまちに慰められる。
(おわり) |
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●今週のプリ伍
口コミで、ナッツの店の宣伝を試みる秋元こまち。
だが、あまりにも控えめすぎる性格のこまちには、明らかに不向きだった。
女子生徒たちの会話に入り込めず、仕方なく笑うこまちを見て憤慨するは、生徒会長・水無月かれん。
「こまちを無視するなんて……許せない!」
さっそく臨時生徒会会議を召集。
「わたしのこまちを無視するという重罪を犯した以上、この四人の女子生徒は公開銃殺刑に処すということで、よろしいですね?」
「はい!」
「異議なし!」
●今週のSS(↓)
★なぎさ×ほのか
虫の音が庭を騒がすにはまだ早い、春先の涼しげな夜。
風呂上りの、ふわっとかぐわう石鹸の匂いを漂わせて、なぎさが寝室に戻ってきた。
「ほのかー、お風呂空いたよー」
「うん。じゃあ、入ってくるね」
入れ違いに寝室を出ようとしたほのかの手が、「あ…ちょっと待って」となぎさに掴まれた。
「どうしたの? なぎさ」
振り返ったほのかの前で、なぎさが自分のパジャマの上着の裾(すそ)に手をかけ、バッと胸の下あたりまでめくり上げた。
「ちょっ、ちょっと待ってなぎさっ!」
ムードのカケラも無い、いきなりの展開に慌てるほのか。だが、なぎさにはその気は全くなく、
「そうじゃないってば」
片手でめくり上げたパジャマを維持しながら、もう一方の手の指でぷにぷにとわき腹を突く。
「ねぇ、アタシ……太ったりとかしてないよね?」
ほのかに訊ねる顔は、ちょっと不安げ。
勘違いから立ち直ったほのかが、「んー」と腰をかがめてなぎさのお腹を観察。そして、微笑みながら、人差し指でツンっと突っついてみる。
「(くすっ)……なぎさのおヘソかわいい」
「もおっ!」
真面目に答えないほのかに対して、なぎさがぷーっとふくれ顔になる。
姿勢はそのままで、視線を上目遣いにしたほのかが訊ねる。
「体重計には乗ってみた?」
「うん……2キロも重くなってた」
たったの2キロという数字も、年頃の女の子にとってはひどく重いものだ。
ほのかがちょっと考えて、
「もしかして……胸が大きくなったとか?」
「あはははっ、無い無い。中学の頃からずーっとペッタンコのまま」
その点に関しては開き直っているなぎさが、他人事のように笑う。
「じゃあ妊娠ね。おめでとう、なぎさ」
さらりと冗談を口にしたほのかが、なぎさのパジャマの裾を下ろして、その上からお腹を撫でる。
「お大事に……」
「もう…」
乙女の真剣な悩み軽く流されて、やさぐれたなぎさがベッドにドカッ!と腰を下ろした。
「そんな顔しないで。お風呂上がったら、なぎさの減量にたっぷり付き合ってあげるから」
ドアの所でにっこり微笑み、ほのかが顔の横で右手の五指を大きく開いた。
この場合、意味があるのは手の平ではなく、指の数だ。
慌ててなぎさが首を横に振った。
「無理無理っ! そんなにしてたら夜が明けちゃうってば!」
なぎさが指を三本立てて交渉に入る。
ほのかが親指を折って妥協の姿勢を見せた。これで指の数は四本。しかし、なぎさは三本で譲らない。
ほのかが聖母のごとき笑顔のまま、視線に圧力を込める。なぎさは真っ向から受け止める。息詰まる拮抗がしばらく続き、そして、なぎさの嘆息と共に終わりを告げた。
しぶしぶと、ほのかに向けた指の数を四本に増やす。
「うふふっ、なぎさ。すぐにお風呂上がるから……待ってて」
ドアが嬉しそうに閉じられ、なぎさが既に疲れた顔でベッドに倒れこんだ。
「一晩に四ラウンドもなんて……。明日の朝起きれるかなぁ…」
脱衣所で服を脱ぎながら、足元で0キロを示している体重計に視線を落した。
「なぎさには言えないけど……仕掛けてみた甲斐があったわ」
ほのかが内部に施した細工により、乗れば2キロ増しで表示されるようになっている体重計。
(うふふ。ごめんね……なぎさ)
心の中で謝りつつ、ほのかは小悪魔な笑みをクスッと洩らした。
☆薫×みのり
午後2時。強く降る陽光をやんわりさえぎるパラソル付きの屋外テーブルは、周囲を春めく暖かさに包まれていた。
買ったばかりのパンを少しずつ口に運びながら、薫は、テーブルを挟んで正面に座るみのりの話に耳を傾けていた。
まだ地面に届かない両足をぶらぶらと交互に振りつつ、薫に分けてもらったパンを口に運び、もぐもぐ咀嚼、呑み込んでから忙しくしゃべり、またパンを口に運んで……と、休む間もなく口を動かし続けていた。
日曜日。
みのりの姉である咲は、いつものように舞と二人でお出かけ。そして、薫もいつものようにこのパンパカパンに立ち寄って、パンを買い、彼女が来るのを待っていたみのりとおしゃべりに興じる。
小学校での話題に続いて、今はみのりが夢中になっているアニメの話だ。
「…でねっ、でねっ、今度のプリキュアは、二人いなくても変身できるんだよ!」
みのりが椅子から降りて、真剣な表情になる。
「プリキュア・メタモルフォ〜ゼっっ!!」
プリキュアの変身ポーズを再現してみせたみのりへ、薫がやわらかい拍手を送って、いつもどおりの静かな口調でほめる。
「上手ね」
「薫おねーさんも一緒にやって。メタモルフォ〜ゼ!……って」
周りを見渡し、自分とみのり以外に誰もいないのを確かめてから、静かに椅子を後ろに引いて立つ。そして、ビシッと指先をそろえた両手を真っ直ぐ上へ伸ばし、
「プリキュア・メタモルフォ〜ゼっっ!!」
薫の両腕が、身体の前でシュバッと大きな円を描いた。すぐにみのりの駄目出しが飛んできた。
「もうっ、全然違うよ〜〜っ……薫おねーさん、こうだよ」
みのりが再び「プリキュア・メタモルフォ〜ゼっ!」と変身ポーズを決めて、そのあとに、随分と改善された薫の変身ポーズが続く。
「う〜〜っ、まだちょっと違う〜〜」
大好きなアニメに対するみのりのこだわりが、三回目にして、薫を完璧な変身ポーズへと導いた。
「プリキュア・メタモルフォ――ゼッッ!!」
しなやかで力強い動きに、凛とした表情、そして、空気を斬り裂く鋭い声。
薫がポーズを解くと同時に、みのりが目を輝かせて、そのカラダに抱きついた。
「うわ〜っ、薫おねーさんカッコいいっ! 本物のプリキュアみたい!」
ぐりぐりと胸の下に顔を押し付けてくるみのりにちょっと困りながらも、少しの間だけ、彼女に『独り占め』されてみる。
「あっ…そうだ!」
急にみのりが大きな声と共に、至近距離で薫の顔を見上げた。
「どうしたの? みのりちゃん」
「うん、あのね、薫おねーさんは、キスってしたことある?」
「随分とマセたことを訊くのね」
薫が口元に笑みを浮かべて、「ないわ」と答える。
「みのりもね、したことないよー」
そして、何やら含みのある「えへへ…」という笑いを洩らした。
薫が、みのりの大きな目を覗き込みながら、
「本当に? 実は、みのりちゃんにはもう素敵なボーイフレンドとかいるんじゃない?」
と、問うてみる。みのりは即座に否定。
「そんな人いないよ。……でもね、キスしたい人は……いるんだ」
小さくても、乙女とは、常に恋に生きる宿命を背負っている。そういうものだ。
頬を赤らめて薫の顔を見上げる視線は、あまりに真っ正直に全てを語っていた。
だが、薫は気付かない振りをした。瞳の奥に悪戯心を隠し、みのりに訊ねてみる。
「へぇ〜。誰なの?」
予想通り、みのりは困った顔になって、恥ずかしそうにもじもじとしながら「い、言えないもん…」と薫の体から離れる。
「あら、教えてくれないんだ。みのりって、けっこうイジワルなのね」
薫が腰の後ろで両手の指を組んで、クルリと優雅にターン。みのりに背を向ける。
「み…みのりイジワルじゃないよぉっ」
背中に当たったその声に、薫はなおも意地悪く、
「だって、教えてくれないんでしょ? それって、わたしにイジワルしてるってことじゃない」
と、みのりに背を向けたままで答える。
「うっ…」
ちょっぴり涙目になったみのりが、たたっと小走りでテーブルへ戻った。そして、乱暴に椅子を引いて座る。薫もそっと椅子を引いて腰掛け、テーブル越しにみのりと対面する。
みのりは、可愛らしいしかめっ面。薫と目が合うと、サッと両手を伸ばし、テーブルの上のパン全部を自分の方へかき寄せてしまった。
「もう、薫おねーさんにはウチのパン食べさせてあげない!」
そっぽを向いて、今度はプーッと頬を膨らませた。
くすっ。
薫はまだまだ余裕の態度。テーブルに両肘を突き、両手の指を組んで、その上にアゴを軽く乗せる。
「それはいいんだけど……」
怒ってムキになっているみのりが可愛らしくて、頬の緩みを抑えきれない。
「でも、みのりちゃんを知らない人に取られちゃったのがくやしい」
「……えっ?」
「いるんでしょ? わたしには教えられない、キスしたくなるような素敵な相手が」
薫のその言葉に、みのりが急にそわそわ、もじもじとし始める。
「そ…そうじゃないよ……」
そう答えるみのりの顔は、茹で上がったみたいに真っ赤。
ちらちらと上目遣いの視線で薫の様子を窺いつつ、椅子を降りて、震え気味の足で立つ。
ちいさな胸には、いっぱいに溢れる大切な気持ち。
それを真摯に受けとめてあげようと、薫も姿勢を正して待った。
一歩一歩、短い距離を懸命に近づいてきた小さな乙女の方へ上半身を傾けて、耳を寄せてやる。
みのりは体の前で、両手の指をもぞもぞと組み合わせていたが、やがて、
「あのね……」
その両手がみのりの口元に添えられ、薫の耳に当てられる。
「……あのね……みのりがキスしたい人は――――」
蚊の鳴くような言葉で届けられた告白の最後の言葉は、もうほとんど唇が動いているだけといった感じで、無音といっても差し支えない。
しかし、みのりは、その名前を言ってしまった。
そして、薫の耳には、その名前がはっきりと届いてしまった。
言い終えたみのりが、ゆっくり両手を下げて、薫の反応を窺う。だが、薫の視線がこちらを向いた途端、恥ずかしさに耐え切れなくなったみのりは、「ひゃっ!」と悲鳴を上げて、ダッシュで家に逃げ込んでしまった。
しばらく待ってみたが、みのりが戻ってくる気配は無い。
「仕方ない……」
一人でのんびりとパンを食べながら、薫は今日のみのりの様子を反芻(はんすう)する。
(本当に……可愛かった)
パンを一口かじるごとに、みのりの表情を一つ思い出し、デレデレと相好を崩しそうになる薫。自制しようと努力するも、結局、眦(まなじり)は緩く下がりっぱなしだった。
その夜。
「ねえ、薫。なんなの、このメロンパンの山は?」
皿に盛られた、文字通りメロンパンの山を指差して満が訊ねる。
ひょうたん岩の上で、いつものように月光浴を楽しんでいる薫が答えた。
「今日はとってもいいことあったから。わたしの幸福を満にもおすそ分け」
「いいこと?」
「内緒よ」
薫がまぶたを閉じ、月の光の中でまどろむ。夢と現(うつつ)の間で脳裏に思い描くは、数年後、大きくなったみのりと交わし合う、やわらかな唇同士の感触。
(おわり) |
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●今週のプリ伍
増子美香の「お付き合いをしているボーイフレンドはいますか?」
という取材に対して、うららんの答え(↓)
「ボーイフレンドはいないんですけどぉ……尊敬している人はいます!
夢原のぞみさんです!」
まんま、かつての九条ひかりのセリフ、
「憧れの人は、なぎささん」ですね。
つか、大衆の面前で思いっきりカミングアウトか。なかなか、はじけてるな。
しかし、のぞみのどこら辺を尊敬できるというのだ?
もしかして、うららんの心の目って、
コミック版の舞と同じくらいヤバイことになってないか?
うららんの脳内は、
常に「恋する乙女のはじける想い、受けてみなさい!」で全開か?
口元に百合の花をくわえたのぞみにお姫さまだっこされて、
『キスはベッドの上までお預けよ、子猫ちゃん』などと甘く囁かれ……。
そんな妄想に耽りながら、
「うぴーっ! うぴぴーっ!」
歓喜の声を上げて転げ回るうららん。
さて、来週は作画崩壊してないといいな(笑) |
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