心に降る闇色の雨05
「……逃がさないって言ったでしょ?」
蒼い瞳が鋭く満を射抜く。彼女の蒼い眼差しはとても透明で、力強い光を瞳の奥に忍ばせて
いた。情愛の波に翻弄されつつも、澄んだ輝きを失っていない。
見つめられて、どぎまぎとざわめく満の胸。
「ねえ……その……薫」
いつの間にか動きを止めていた薫の乳房が、その量感を持って胸を重く圧迫してくる。
何を言おうとしてたのか、自分でも一瞬分からなくなって、満がちょっと赤面。
しかし、薫はそんな満を急かさない。
心地良い静寂が二人を繋ぐ。
その静けさを壊すのは少しもったいない気もしたが、愛しい気持ちに背を押された満が、恥
ずかしそうに身を小さくして口を開いた。
「今日一日だけ、わたしと夫婦になってくれない?」
満が自身の言葉に照れ隠しの笑みを浮かべて、はにかみの目線で薫を見た。
「わたしと結婚したいの? ……女同士で?」
さすがに意外な申し出だったらしく、薫がわずかに目を丸くした。
「わたしが満のお嫁さんになるの?」
「別にどっちがお嫁さんでもいいけど……」
「なら、満がわたしのお嫁さんになりなさい」
ピシャリ、と有無を言わせず薫がそう決め付けた。「お嫁さん」という言葉の可愛げな響きに、
彼女の本能が苦手なものを感じ取ってしまったらしい。苦手な役は、先に押し付けてしまえば
勝ち。
「……せこいわね」
「黙りなさい」
あっさりと心情を見抜かれた薫が、誓いの言葉を省略して、満の唇を優しく奪いにいった。ま
ぶたを下ろして、二人が夫婦となる証しを満の唇へと刻む。
「んっ…」
満が甘ったるく声を洩らして、可憐に睫(まつげ)を震わせた。その仕草は、幸せそのもの。
唇の溶け合う感触は、肉体同士の淫らな絡み合い以上に官能的だった。胸の奥が甘美にざ
わめいて、狂おしいまでの「好き」という気持ちがせり上がってくる。
薫の肺がどっぷりとそれに溺れ、たちまち呼吸が苦しくなった。
(けど……悪くない)
薫が胸の内でこぼした。今日一日限定の仮初の結婚。伴侶となった満の背に両腕を回し、
今しているキスと同じくらいの優しさで抱き締める。
うっとりと唇を預けている満もまた、両腕を薫の背に回した。力いっぱい抱き締めようとする
も、両腕はふぬけたように弛緩するばかり。キスのせいで、両腕の芯がとろけてしまったよう
だ。
くちづけのやわらかな余韻を残して、二人の唇が離れる。ゆっくりとまぶたを開いて、今度は
お互いの眼差しを重ねあう。
「せっかくなんだから、もっとすれば?」
満が妖しい艶かしさを表情に貼り付けて挑発する。濡れた桜色の唇は、まだ満足していない
ようだった。そんな彼女の様子を、薫は焦らすみたいに眺めている。
「……もうっ」
辛抱できなくなったのか、満が首を持ち上げて、『ちろっ…』と薫の唇を舐めた。キスはしな
い。薫にしてもらいたいのだ。
「んッ…!」
くすぐったかったのか、薫が軽く顔を逸らした。けれど、満はキスが来るまで許さない気のよう
だ。薫の唇を追って顔を動かし、『ちろっ…ちろっ…』と彼女の唇を何度も舐めてやった。
「ちょ、ちょっと満、あっ、こら……。もうっ……わかったから」
言う事をきかない子犬にじゃれ付かれている気分だ。カラダは抱き合ったまま、首だけを忙し
く動かして逃げ回っていた薫が観念して、満と正面から顔を向き合わせた。
「ふふっ」
勝ち誇った微笑を刻む満の唇に、微苦笑を洩らす薫の唇が重なろうとした。クスクスと震える
吐息がお互いの唇をくすぐる。薄皮膚を舐めるように這うこそばゆさに、二人のクスクスという
笑いがだんだんと大きくなってくる。
それでもキスを敢行してみる薫。もちろんムードは全然無く、それが可笑しかったのか、満は
キスされている間ずっと声を殺して笑っていた。
「……もういい」
疲れたような笑みをこぼしつつ、薫が顔を上げた。その下では、まだ満が笑っていた。薫が
幸せそうに目を細めて、満の前髪を掃い上げ、額に『ちゅっ』とキスしてやった。……唇同士で
交わしあったキスのオマケだ。
「ウエディングキスはもう終わりよ。いい加減に笑いやんで」
「じゃあ、次は何? 夫婦なんだし……セックスでもしちゃう?」
「いいわよ。わたしに任せて」
妙に自信ありげに薫が答える。思わず『んっ?』という顔になった満を、安心させるようにや
わらかく微笑んで言った。
「この前、猫の交尾を見たわ。セックスって、あれでしょ?」
「こらこらっ」
「要(よう)は性器をくっつけて気持ち良くなればいいのよ」
一人で納得している薫に、満はありありと不安を顔に浮かべてみせた。それを見た薫が澄ま
した表情を変えることなく、ぴくんっと片眉だけを跳ね上げて不機嫌を露わにした。
「なに、その世界が終わってしまったみたいな顔は? わたしの知識が信用できないとでも?」
もう日が沈んだのか、すっかり暗くなってしまった部屋で、輝くように白い裸体がユラリ…と身
を起こした。肩にかかっていた髪を、手の甲で弾いて、背中へと掃(はら)う。
「死ぬ程気持ち良くして上げるわ。覚悟しなさい」
上方から圧力を伴って睨みつけてくる視線に、満が不敵な笑みを返した。
「もし気持ちよくなれなかったら、メロンパン10個、薫のおごりね」
戦闘的な声音で臨戦ムードを高めた二人だが、続く動作は仲睦まじい新婚夫婦そのものだ
った。
「満、ちょっとこっちの脚を上げて」
「こう?」
満が上げた右脚の下に、薫が左脚を滑り込ませた。そして、尻を床に擦りながら腰を前進さ
せる。
「左脚も上げる?」
「いや、そっちの脚はそのままでいい」
薫が自分の右脚を上げ、満の左の太ももをまたいだ。この姿勢ならば、二人の秘所をより深
く密着させることが出来る。
「ふ〜ん……期待してもよさそうね」
どうやら猫の交尾ではなく、ちゃんとしたセックスというものが出来そうだ。満が両手を伸ばし
て、薫の右足首を掴んでグイッと引っ張り寄せた。
「こらっ、満ッ」
急に足を引かれて、後ろへ倒れ込みそうになった薫が軽く叱りつけた。まぁ、効果が無いの
は分かっているが……。
満はうっとりと目を閉じて、まるで宝物のように薫の美脚を抱きしめている。
薫が、カラダをやや半身にして、そろそろとお互いの股間を深く食い込ませていった。
「ンン〜っっ」
満が甘い声を上げて、ピクンッと仰け反った。ぐっしょりと濡れた秘部へ、同じく濡れそぼった
薫の恥部が柔らかく押し付けられる。吸い付くような密着だが、ちょっとでも力を抜くとお互いの
愛液によって、ヌメヌメと滑ってしまう。
「動かしても……いい?」
興奮で震えそうになるのを抑えて、冷静に努めた薫の声。
薫の広い額を汗の玉が滑り落ち、眉を湿らせる。
まずはゆっくりと腰を使ってみる。愛液でぬかるんだ秘所が、にゅるんっ…と滑り合わされ
た。
「ひぁっ…」
「あぅぅっ」
二人が同時にうめいた。
擦り合わせる、というよりも股間同士で舐め合ったという表現がぴったりの快感。今までみた
いに腰の奥にジンジンと甘美に響く感じではなく、もっと重い、秘所が溶けてしまうような淫靡な
感触。
(……すごい、カラダが…溶けそう)
薫が、満の右ひざの裏から腕を回し、その脚をホールドする。それに反応して、満も薫の脚
を抱く腕に力を込めてきた。
先程よりも深く、薫が腰を入れる。濡れそぼった秘所の肉が、『くちゃっ』とイヤラシイ音を立
てて密着。
(んっ……!)
ぞわっ…。
薫の脊椎を、悪寒にも似た快感が突き抜ける。もし理性を呑まれてしまえば、永遠に性欲の
虜(とりこ)にされてしまいそうな程の危ない気持ちよさ。
二人の腰の奥が熱くうずいて、とろり…と粘りのある蜜を分泌し続ける。
「お願い……薫……ゆっくり…動いて……」
満は、もうすっかり骨抜きになってしまっているようだ。呼吸を乱しながら、弛緩した両腕で薫
の脚にすがり付いている。ダークフォールの戦士たちの中でも最もシャープな戦闘センスを光
らせていたあの頃の彼女の姿が、まるで嘘のように思えた。
(ううん、わたしだってさっきからあんなに……)
自分の乱れた姿を思い出した途端、胸から気恥ずかしさがこみ上げてきて、たまらず「ぷッ
…くくっ…」と吹き出してしまう。
「もう薫っ! 変な笑い声出さないでよっ、ムード壊れるッ!」
「いいじゃない。楽しくやりましょ」
満のキツイ声をおっとり受け流して、腰を軽く揺すってやる。蜜に濡れた陰部の淫肉が軟らか
くこすれ合って、
「あぁぁんっっ」
と、色っぽい声で満が喘いだ。
薫も蠱惑的な吐息をひとつ吐いて、腰をなまめかしくくねらせ、蜜まみれの秘貝同士を何度も
舐め合わせた。『くちゅ…くちゅ…』と卑猥な水音と共に、処女の部分が淫らなキスを繰り返す。
「あ゛ぁ…あ〜……薫ぅ……わたし、もう……はぁぁっ……」
「まだ始めたばっかりじゃない」
呼吸の乱れを抑えることで意識を落ち着け、ある程度快楽をコントロールしている薫が、余
裕のある所を見せた。
「満も、もっとじっくりと愉しめばいい」
「イヤッ……もうわたし…ダメ……あうぅぅっ! やっ…あぁああッ!」
満の声のテンションが跳ね上がった。
「やだぁっ、もう動くな…薫! わ…わたし……くぅぅッッ……」
「―― くっ!?」
薫の右脚に鋭い痛みが走った。正確に言うと右脚のかかとに。満がそこに噛み付いている。
一瞬顔面ごと蹴り飛ばそうかと思ったが、眉間にシワを寄せ、泣きそうな表情で快感に耐え
ているのを見て、さすがにそれはやめた。
「……満、ガマンしなくていいから、イキたくなったら遠慮せずに……」
満が薫のかかとに歯を立てたまま、ブンブンと首を横に振った。どうやら、薫と一緒にイキた
いらしい……。
「……分かった。じゃあ、わたしもそろそろ…あんっ、そんなにきつく噛まないで……」
この快感漬けの状態では、痛覚すら甘美なものへと変化する。
薫が床に後ろ手を突いて、倒れかかっていた上半身を起こした。
「やめて、満……もし血が出てたら怒るわよ?」
その言葉に満が噛む力を緩めたものの、薫のかかとを口から離そうとしない。
(ふふっ、可愛い)
『くちゅ……くちゅ……くちゅ…くちゅ…くちゅっ、くちゅっ、くちゅっ……』
徐々にだが、薫の腰の使い方が速度を上げている。理性のブレーキを緩め、膣内で激しく欲
情を沸き立たせる本能にアクセルを委ねる。
「ふあっ…」
弛緩した喘ぎと共に、満の口から薫のかかとがこぼれ落ちた。
「あっ! あっ! んん゛ッ…あああ〜ッ! か、薫っ、……そんなに激しくしたら、わたし……や
め……」
「無理……腰…とまらなくなってきた……」
いったん大きく腰を引いた薫が、フローリングの床に汗ばんだ尻肉を滑らせ、激しく秘所同士
を打ち合わせた。『ぴしゃんっ!』と濡れた音と共に、二人の股間から愛液の飛沫(しぶき)が
飛び散る。
「あぅぅッッ!?」
全身をビクビクッとわななかせ、満が閉じたまぶたの裏で目を白黒とさせる。
「なに…するのっ、壊れ……」
「壊れなさい……ほらっ!」
もう一撃。さっきよりも濡れた音を大きく立てて、満が「あぁんッッ!」とひときわ高い声で啼
(な)いて、白い裸身を仰け反らせた。
「ごめんなさい……ごめんなさいっっ!」
三撃目が来る前に、満が即座に詫びを入れた。
薫が「ふっ…」と息をついて、額の汗を手の甲でぬぐう。
「これは気に入ってもらえなかったようね」
満の右ひざに絡めていた腕を解いて、その足首を両手で掴み、高々と吊るすみたいに持ち
上げた。すらりとした綺麗な脚だから、ずいぶんと絵になる光景だ。
「ああっ…」と声を洩らす満へ、薫が艶然と微笑みかけた。
「やっぱり、こっちのほうがいい?」
満の右脚を両手で抱きかかえながら、薫が腰を前後に揺する。
『くちゅくちゅっ…』
秘所を優しく擦り合わせながら、二人が漏らした愛液をクリトリスや膣口に丁寧に塗りたくっ
た。激しくはないが、じっくりと舐めるような腰使いが延々と続く。
「あんっ…あぁー……」
満がゆるゆると頭を左右に振った。薫のイヤラシイ腰の使い方に反応して、処女の秘部で劣
情が滾(たぎ)ってしまう。
「……………………」
自らも深く快感を愉しむために閉じていた薫の両目が開かれた。高みから見下ろす、女王の
眼差しで、床の上で悶える満の白い肢体を愛(いつく)しむ。
(そんなにとろけちゃった顔して……イジメてやりたくなるわ)
激しく腰を使ってやれば一瞬で終わる享楽を、薫は腰の動きに緩急をつけながら、満を生殺
しの状態に置き続けた。
「ふあぁああ〜〜〜……」
ビクンっ!と満の上半身が弓反って、大きなよがり声を上げた。さっきからもう何度目か、小
さな法悦の波が連続で満の肉体をさらって行っている。
「あっ…あんっ、薫……あぁっ……ああっ」
満がこぶしを握って、ドンッ!と床に叩き付けた。
「まだな…のっ……? あ…あっ、もうダメ……あああん、もおぉっ!」
満がヒステリックに腰をくねらせた。本人はもう随分と長く、イキたいのを我慢しているらしい。
(無理せず一人でイッていいのに。……そんなにわたしと一緒にイキたい?)
満のそういう可愛らしさに、薫の膣で『ジュワ〜ッ』と温度が上昇し、さらに潤んだ。
(いやだ…熱くて……ヤケドしそう……)
薫が恍惚と目を閉じて、全身をぶるぶるっと震わせた。
(わたしも……)
軟らかな淫肉同士で繰り返したキスによって、密着した部分が、二人分の愛液で熱い沼のよ
うにドロドロになっている。
「満、……わたしも……もうイクから……」
「うっ…早くしてぇっ!」
両目をギュッと閉じ、泣いているみたいな表情で満が叫んだ。
薫の官能的な腰使いに、情熱の力強さが加わった。白い肌に浮かべた汗の玉を飛び散ら
せ、上半身と腰をしなやかにしならせて、前後に大きく動き始めた。
「はあああ……っ」
その瞬間、満が怯えているみたいな声で喘いだ。処女がロクに予備知識もなく体験するセッ
クスの動き。彼女の中にある雌の本能が、脚を大きくこじ開けて性器をむさぼり合わせてくる
薫の腰の動きに、無理やり子供を孕まされる危険を感じた。
妊娠、という女同士では現実性の無い言葉に、しかし、満の子宮はゾッ ―― とすくんでしま
う。
「―― やっ、しちゃう……妊娠……ああっ動かないでっ……妊娠するから…アアッ!」
うわ言のように洩らして、汗を浮かべた顔を左右にゆるゆると振る満。その彼女を酷薄に見
つめて、薫が笑った。
「妊娠するくらい気持ちいいの? ……そう。だったら産ませてあげるわ、赤ちゃん!!」
薫の腰使いの激しさが、もう一段階上がった。もはやイクのが目的というよりも、満を快楽責
めで犯すのが目的のように。
「ヒッ!」
さらなる快感に顔をゆがませた満が、片手で自分の髪をグシャッと掴んだ。
大きな動きの割に、キスさせた秘所同士の密着を崩すことなく、まるで白い蛇が絡まりあって
いるみたいに、二人の少女が一体となって床の上で激しくのたくった。
「だめえぇっ! 激しくしちゃあ……ッ!」
ブンっ!と勢いよく背けた満の顔から涙が飛んだ。
熱いアルコールのごとき快感が、処女の膣一杯に注ぎ込まれる。膣壁が快楽に炙られて、瞬
く間にとろけていく。
「いやああっ、溶かされるっ……溶けちゃうううッ!」
膣の粘膜を灼けるような快感で嬲られる。その狂悦に耐えかねて、満の脳が真っ白になって
いく。
膣の内側から泥酔させられた下半身に、ビクッビクッと痙攣が走った。
「ふあぁぁ、あーッ…だめ…わたし……もう死んじゃうッッ、んあああっ」
「ダメよ……わたしと一緒にイッてから……死になさいッッ!」
薫が、息も絶え絶えな満へ容赦なく怒鳴りつけた。
薫の理性も、少しずつ溶けていっている。腰がほとんど勝手に動いて、きつく密着させた膣口
が、満の性器を『クチュっクチュっ…』と執拗なディープキスでむさぼっている状態だ。
「ああ!? ……だめ……だめもうっ!」
限界が近いらしく、満が両脚をガクガク痙攣させながら叫ぶ。
前後に激しく揺する腰の動きに合わせて、二人分の愛液が攪拌(かくはん)される卑猥な水
音が部屋中に響いていた。薫と満、二人の性器が休む間もなく、とろとろの状態でこね回され
ている。
(はああああっ……わたしも……気持ちよすぎて死にそうっっ!)
股間が燃えるみたいに熱く、そして溶けるように甘く……。
ゾクッ……。
二人の体の芯が、同時に震えた。それが全身へと伝播していく刹那、彼女たちの口から叫び
声がほとばしった。
「満っ……くッ…ふあああッッ!! ……あっ……あああああっ!!」
「あああっ…薫……薫ッ、薫ッ……ああぅっ……ああああっ!?」
絶頂を迎えた二人の少女のカラダが、エクスタシーの炎に焼かれる。神経が耐え切れず、身
体のあちこちでショートしていった。
「あっ…あっ……」
「はぁっ…はぁっ…はぁっ……」
熱帯夜のごとく汗だくになった二人のカラダが、ビクンッ……ビクンッ……と暗い書斎の中で
震え続ける。股間で繋がった格好のままで弛緩しきった二つの白い裸身に、絶頂の余韻が細
波のように走っていた。
満も薫も、絶頂のショックで仲良く意識を失ってしまったらしい。時折、夢現(ゆめうつつ)に
「あぅ…」「んっ…」などという声を洩らしている。
しばらくは、二人の乱れきった呼吸が情事の余熱を振り撒いていたが、やがてそれも収まっ
ていった。
書斎が、読書という目的に相応しい静謐さを取り戻す。
家の外では、月が出ていた。その身に受けた太陽の光を冷却して、夜に相応しい温度に直し
て、優しく地上へと降らせる。
静まり返った書斎の中では、すでに一つの影が立ち上がっていた。激しい情事にのめり込ん
でいたとは思えないほどに、何もかもの感情が削ぎ落とされた虚無的な存在。それゆえに一切
の気配無く、壊れたドアから部屋から出て行く。
(さようなら、薫。最後に幸せな思い出を作れたわ。これで悔いは無い)
まだ床の上で意識を失っている薫を振り返りもせず、紅い瞳をただ暗く沈ませて廊下を進
む。白い裸身に纏わりつくように、ダークフォールにいた頃の灰色の葬送衣が実体化する。そ
して、胸元には鮮血色に染まった水晶のペンダントも。
音も無く玄関のドアを開け、外に出た。
こんなに綺麗な月の夜は、感覚が特に冴え渡る。こんなに紅い月の夜は ―― 。
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